Carey L. Biron
[ワシントン 29日 トムソン・ロイター財団] - 米アリゾナ州テンピ市の最高データ・分析責任者ステファニー・デートリック氏は、人口知能(AI)の活用に関する市のポリシー(指針)の作成に取り掛かった時点で、後手に回ってしまったとほぞをかんだ。
「予想外のことが起きる前に直視しておかなければいけないと思っていた。そんなときにチャットGPTが公表された」と振り返る。
生成型AIはデートリック氏にとって「思考段階」の存在に過ぎなかった。しかしこの技術を使ったチャットGPTは昨年11月の発表後、あっという間に普及。デートリック氏は非現実的な気持ちに襲われた。「誰もがAIをどれだけ取り入れられるか互いに競い合っているみたいだ」と、同氏は言う。
米国では急ピッチで進むAIの開発・普及に追いつこうと多くの人びとが対応に追われており、デートリック氏も今、全力で向き合っている。6月にテンピ市議会は同氏が主導した「AI倫理ポリシー」を採択、10月には新設のガバナンス委員会がAIツールに対する市の将来的なアプローチを巡る具体的な検討に入った。
バージニア大学のデータサイエンス・メディア学の助教授、モナ・スローン氏は、AIは米国でも海外でも、国家レベルあるいは国家横断レベルでの指針が概ね存在しないため、地方自治体が導入しようとしていると指摘。こうした動きを「AI地方主義」と称した。
米国ではボストン、ニューヨーク、シアトル、サンノゼなどの地方自治体が最近、AIやチャットGPTなどの生成型AIツールに関する指針を採用している。
10月にはバイデン大統領がAI利用におけるプライバシー、安全性、権利に関する基準を設ける大統領令に署名。米民主党上院トップのシューマー議員も法案に関する会議を主導している。
しかし米議会はまだAI法を可決しておらず、地方自治体に介入の余地が残る。
メトロラブ・ネットワークのエグゼクティブディレクター、ケイト・ガーマン・バーンズ氏は、45の地方自治体と協力して来年夏までに指針を作成すべく作業中。「最も頻繁に受けるのは、他の人々の取り組みに関して何か聞いていないかという質問だ」という。
<効率性と人間性>
バーンズ氏は生成型AIについて「この技術は既に一般の人々の手に渡ったしまった。地方自治体はこれにどう対応し、責任を持つのかを考えようとしている」と話す。
デートリック氏にとってこれは、AIツールの利用、監視、さらにその結果における人間の中心的な役割を強調することに他ならない。テンペ市のAI指針には「人間」という言葉がたくさん入っている。デートリック氏は「基本的な人間の尊厳よりも効率を優先することはない」と述べた。
バージニア大学のスローン氏によると、こうした取り組みはAIツールの配備における調達ルールや透明性、自動運転車や顔認証などの規制など、地方自治体のさまざまな政策に影響を及ぼし得る。
つまり地方自治体には主要な「実験場」になるチャンスがあると話すのは、自治体ネットワーク、シティーズ・コアリション・フォー・デジタル・ライツのコーディネーター、ミロウ・ジャンセン氏。「まだ私たちはどのような規範を受け入るべきか模索中だ。(AIツール)を信号機の最適化には使いたいかもしれないが、社会保障制度には使用したくないかもしれない」と説明する。
一部の地方自治体はAIの使用を一時停止することも検討しているという。
<必須作業に冷めた目>
機械学習とテキスト分析は新しい技術ではないが、生成型AIで駆動するツールは、都市に重要な機会を提供している。
ペンシルベニア州ウィリアムズポートの市議会議長、アダム・J・ヨーダー氏は、生成型AIの将来的な見通しについては心躍らせているが、そのリスクと、人口が3万人に満たない小さな町での活用に必要となる作業については冷めた見方をしている。
ヨーダー氏は「手持ちのものを最大限に活用し、生産性を向上させるのに役立つ非常に興味深いツールだ」と述べ、文書の作成や認可手続きの合理化といった利点を指摘した。こうした点は収入が減少しているウィリアムズポートにとっては特に有益だ。
しかし同市は今、行政手続きのデジタル化の途上にある。現時点ではAIの導入についても、データプライバシーやサイバーセキュリティのリスクなどに対処についても、市には何の方針もないという。